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湧水と歴史の里 鈴鹿・長宿、座間の湧き水をめぐる散策旅

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「番神水公園」の石碑と水路

小田急線「座間駅」から西へ、歩いて約15分。住宅街を進んでいくと、細い水路に沿った小さな公園が現れます。「番神水公園(ばんじんすいこうえん)」です。
このあたりは「鈴鹿・長宿(すずか・ながしゅく)」と呼ばれ、座間でもいちばん古い住まいの地域のひとつです。
段丘の崖下で水に恵まれていたので、昔から人が住みついた地域です。歴史のあるお寺や神社が、狭い範囲にぎゅっと集まっています。
そして湧き水のそばには、それぞれ言い伝えが残っています。杖で突いたら湧いた水。白蛇が教えた水。老人が飲めと告げた水。
番神水公園を起点に、三つの湧き水スポットをご紹介します。

白い鳥居の奥に立つ番神堂

鳥居の奥に建つ番神堂
鳥居の奥に建つ番神堂

番神水公園の奥に進むと、木立の中に鳥居が見えてきます。その先に建つのが「番神堂(ばんじんどう)」。白い鳥居の奥に、お堂がひっそりと佇んでいます。
番神水のはじまりの話は鎌倉時代までさかのぼります。
文永8年(1271年)、片瀬の龍ノ口(たつのくち)で処刑されかけた日蓮聖人を救ったのは、振り下ろされた太刀が突然砕けたからだといいます。その太刀を鍛えたのが、座間の刀鍛冶・鈴木弥太郎貞勝(すずきやたろうさだかつ)でした。
心を動かされた貞勝が「この土地の水は刀を鍛えるのに向いていません」と願い出ると、聖人がお経を唱えながら地面を杖で突いた。すると清水が湧き出した。それが番神水のはじまりです。

刀を鍛える水から、暮らしの水へ

水底の小石まで透けて見える流れ
水底の小石まで透けて見える流れ

番神水公園を流れる水路を間近で見るために、しゃがんで水面に目を近づけると、底の小石まで透けて見えます。きれいな水の流れの中で、小さな魚が気持ちよさそうに泳いでいました。
この水は長く座間の暮らしを支えてきました。
水道が引かれた昭和31年頃までは生活用水。昭和のはじめ頃までは、近くの酒屋さんが仕込みの季節になると、杜氏(とうじ)さんたちが木の桶で何度も運んだそうです。
刀を鍛える水から、お酒を仕込む水、そして暮らしの水へ。役割を変えながら流れ続けてきました。

白蛇のお告げ。水上山・龍源院の弁財天

「龍源院辯財天」の石碑と本堂
「龍源院辯財天」の石碑と本堂

水路に沿ってしばらく歩くと「龍源院(りゅうげんいん)」に出ます。山号は「水上山(すいじょうさん)」。名前からして水と縁の深いお寺です。
本堂の裏手、崖の下にも水が湧いていて、そのそばに弁財天が祀られています。
この湧き水は小川になって流れていき、その一部が「龍源水ホタル公園」として開かれています。水車と小川のある小さな公園で、地元の方たちがゲンジボタルの里にしようと手をかけてきた場所です。初夏の夜には、ここでホタルが見られます。
そして、この水は座間郷の総鎮守として知られる鈴鹿明神社(すずかみょうじんじゃ)の弁天社へと流れていきます。

疫病を治めた水の神様が祀られる座間神社

木立に囲まれた座間神社の社殿
木立に囲まれた座間神社の社殿

三つ目の湧き水スポットは「座間神社(ざまじんじゃ)」。
昔この里に疫病が流行ったとき、白衣の老人が現れて「山裾の清水を飲みなさい」と告げ、そのとおりにすると疫病がおさまったのだそう。感謝した人々が老人を「飯綱大権現(いづなだいごんげん)」として祀ったのが、この神社のはじまりと伝えられています。
境内の崖下には、いまも涸れることなく水が湧いています。「幸福の水」と呼ばれているそうです。小さな流れですが、神聖さを感じます。

長い階段を上った境内からは、相模川と丹沢の山並みが見渡せます。ここは座間八景のひとつ。ベンチもあるので、水巡りをした後にほっと一息ついて、雄大な景色を眺めるのもいいですね。

小田急線沿線で「歴史のある場所をのんびり歩きたい」と思ったら、座間の湧き水めぐりはちょうどいいコースです。段丘の下から上へ、水の音をたどって歩いてみませんか。

番神堂・番神水公園(ばんじんどう・ばんじんすいこうえん)

座間市入谷西1丁目12-3247 046-252-8431(座間市生涯学習課 文化財担当) アクセス:小田急小田原線「座間駅」西口から徒歩約15分
料金・休み:入場自由(料金・定休日はありません)

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