引っ越した北向き地蔵 光明院

以前、南武線の踏切近くの商店街に、北向き地蔵と馬頭観音がありました。どちらも江戸時代に建立されたもので、1931年から商店街にあり、地元の人が屋根や囲いを整備して、大切にされてきたそうです。私も登戸に住んでいたころ、商店街のスーパーに行くときなどに、近所の方がお参りする姿を見ていました。
ところが、この商店街は、区画整理ですっかり景色が変わりました。最近になって、北向き地蔵と馬頭観音が、近所にある光明院にお引越していたことを知り、訪ねてみました。

光明院は、向ヶ丘遊園駅や登戸駅から徒歩で10分弱のところにあります。
立派な仁王門をくぐりました。

とても手入れの行き届いたお寺で、いろいろな像や灯篭がありました。
蓮の鉢が多くあって、花の季節はどんなだろうと、想像がふくらみます。
本堂も色彩豊かです。
川崎市多摩区の観光協会には、「真言宗豊山(ぶざん)派。1500年代に源空和尚による開山」とあります。また、「境内の太子堂には建築職人の信仰する聖徳太子像が祀られており、職人の町・登戸の歴史を伝えている」とも書かれています。

いよいよ、北向き地蔵と馬頭観音にお参りします。
木の札に由来が書かれていました。令和元年に光明院に移転していたそうです。
お地蔵様は、病気を防ぎ、子どもが無事に育つように守ってくれ、北を向いていることが珍しく効き目があると言われ、信者が多かったそうです。光明院でも北を向いています。
馬頭観音は、馬を守る仏様です。津久井道が通る宿場町だった登戸には、馬もたくさん遠ったのでしょう。勇ましい姿の馬頭観音です。
北向き地蔵も馬頭観音も、登戸駅の近くにあったのは覚えていますが、こんな風にじっくりとお参りしたのは、初めてでした。
百合の花が生けられていて、大切にされているのが伝わってきました。
蓮の花が咲くころに、また行ってみたいと思います。
稲荷山光明院
神奈川県川崎市多摩区登戸1253この記事は読者リポーターの投稿によるもののため、情報の正確性は保証されません。ご確認のうえご利用お願い致します。